遠の音
遠くに落ちる音を、聞いて紡ぐ
2008.08.12
黄昏、と優しい声に呼ばれてふと目を覚ます。彼女を覗き込むようにしているせいですぐに目が合う黄玉に、ずっと見ていたのと批難を込めて眉根を寄せる。
けれどそれも長くは続かなくて、いらっしゃいと声をかけながらそっと手を伸ばした時には知らず口元が綻んでいると自分でも分かる。
彼はそれに少しだけ嬉しそうにすると手を貸してくれるので、甘えるように肩に額を寄せた。
けれどそれも長くは続かなくて、いらっしゃいと声をかけながらそっと手を伸ばした時には知らず口元が綻んでいると自分でも分かる。
彼はそれに少しだけ嬉しそうにすると手を貸してくれるので、甘えるように肩に額を寄せた。
「よくここまで来られたね?」
「まぁ、お前の兄貴たちは今、探し物に夢中だからな」
有難いことだと揶揄するように肩を竦める彼の言葉に、また失くし物をしたのとそっと諦念の息を吐く。
「兄様たちのあれは、趣味なのかしら」
「多分な。楽しいんだろう、お前から貰った物をお前に失くしたと気づかれないように探すのは」
皮肉めいて笑った彼に、またそういう意地悪を言うのだからと息を吐く。
「どうしてあなたも兄様たちも、仲良くできないの」
「愚問だな。俺はお前とずっと共にあるあいつらが気に入らないし、あいつらはお前を奪っていく俺が気に入らない。お前の身が二つに引き裂かれでもしない限り、俺たちの間に和解の文字はない」
最初から分かっていた話だろうと呆れたように続ける彼に、黄昏は視線を落とした。
「なら、私の身を二つに裂くといい。それであなたと兄様たちが和解できるなら、」
「本当に、お前は可愛いくらいに愚かだな。実際にお前の身を二つに裂いてみろ、俺たちは迷わず殺し合うぞ」
「っ、だって、そうしないと和解できないって、」
言ったのにと悲鳴みたいに抗議すると、馬鹿だなぁとつくづく嬉しそうに楽しそうに、彼はひんやりした手で彼女に触れてきた。
「お前が泣くから、俺たちは今辛うじて危うい均衡で保たれてるんじゃないか。俺だって、お前の家族を殺した程度のことでお前を泣かせたくはないからな」
程度って何と黄昏は目を据わらせるけれど、彼は気にした風もなく優しく彼女の頬を撫でる。
「あいつらにしても、然りだ。お前は俺を失って、正気でいられまい? 壊れたままあいつらと永遠に近い時間を過ごす、……ああ、それはそれでざまぁみろと思える楽しい光景だがな」
あいつらの死にたがる姿が目に浮かぶようだと恍惚として語られるそれは何にも楽しくなくて、頬に触れている彼の手を払い除けた。
彼は僅かに驚いたように目を瞠った後、くつくつと楽しそうに猫みたいな仕草で擦り寄ってきた。
「していないだろう、想像で怒るな。苛つくほど素直だな、お前は」
謝ってほしいのかと語尾を上げられ、知らないと拗ねたまま返すとますます楽しそうにして彼女の頬に顔を寄せてきた。
「してやらないさ、面白そうだがお前が俺の傍にないのは業腹だ。お前を手放してなどやらんさ」
拗ねていないで笑えと偉そうに命じられるそれに逆らって目を眇めると、くすくすと笑いながら眇めたほうの目を無理に瞑らせるようにして指先で撫でられた。
「黄昏。お前があいつらと共にある定めの者と知っていても、それでも狂わずにいられなかった。俺に膝をつかせて請わせたのはお前だけだ。お前が俺を選べずとも構わない、と言ってやっているのに、これ以上お前は俺に何を望む?」
口調だけ聞いていればどこまでも横柄な彼は、それでもその黄玉に彼女の薄紫を帯びた紅い瞳だけを映す。そうして初めて会った時から変わらず、焦がれたようにそっと息を吐いて彼女に触れてくる。
「言の葉に乗せろ、俺の愚かに愛しい恋人。例え生涯をかけてお前に弄ばれるだけでも、傍に在れれば構わない。お前の中に俺を存在させろ。それだけで俺はお前の望みを叶えてやる……。俺の気が向くまま、気が乗る限りは」
あくまでも傲然とした条件を付け加えるせいで、彼の言葉はただの睦言には終わらない。ひょっとして彼女は嫌われているのではないかと思うことも、間々あったけれど。
「兄様たちと仲良くして」
「それは断る」
「叶えてくれると言ったのに」
「気が乗らん」
だから却下だとあっさりと切り捨て、分かっていたけれどと溜め息をつく彼女の膝に頭を乗せてきた。撫でろと仕草だけで強要されるので彼の淡い金色の髪を梳くように撫で始めると、彼は満足そうに目を伏せた。
「お前が泣くから、大人しくしてやっているんだ。あいつらは殺さない。……俺は十分、お前の望みを叶えているだろう?」
いけしゃあしゃあという言葉は、きっと彼の為にあるのだ。そう固く信じてやまない。
けれど子供みたいに自慢そうに、押しつけがましくも彼女を思ってくれているのが分かるから憎めなくて、母親が幼い子供にそうするように額を撫でた。
「そうね。あなたは優しいわ、アラゴル」
「ああ。俺はお前に優しい。お前の願いなら叶えてやる」
「ありがとう。……愛してるわ、私の可愛い我儘な恋人」
もうお休みなさいとそうと囁くと、彼は眠そうに欠伸をして揺れるように頷いた。そのまますとんと眠ってしまうのを確かめて、まだしばらく髪を撫でながら彼女は小さく笑った。
「私はあなたの願いを叶えない。多分、ずっと。一生」
それでも愛してくれると小さすぎる声で尋ねたそれは、当たり前だと寝言さえ傲慢な彼の言葉でだけ救われる。
「まぁ、お前の兄貴たちは今、探し物に夢中だからな」
有難いことだと揶揄するように肩を竦める彼の言葉に、また失くし物をしたのとそっと諦念の息を吐く。
「兄様たちのあれは、趣味なのかしら」
「多分な。楽しいんだろう、お前から貰った物をお前に失くしたと気づかれないように探すのは」
皮肉めいて笑った彼に、またそういう意地悪を言うのだからと息を吐く。
「どうしてあなたも兄様たちも、仲良くできないの」
「愚問だな。俺はお前とずっと共にあるあいつらが気に入らないし、あいつらはお前を奪っていく俺が気に入らない。お前の身が二つに引き裂かれでもしない限り、俺たちの間に和解の文字はない」
最初から分かっていた話だろうと呆れたように続ける彼に、黄昏は視線を落とした。
「なら、私の身を二つに裂くといい。それであなたと兄様たちが和解できるなら、」
「本当に、お前は可愛いくらいに愚かだな。実際にお前の身を二つに裂いてみろ、俺たちは迷わず殺し合うぞ」
「っ、だって、そうしないと和解できないって、」
言ったのにと悲鳴みたいに抗議すると、馬鹿だなぁとつくづく嬉しそうに楽しそうに、彼はひんやりした手で彼女に触れてきた。
「お前が泣くから、俺たちは今辛うじて危うい均衡で保たれてるんじゃないか。俺だって、お前の家族を殺した程度のことでお前を泣かせたくはないからな」
程度って何と黄昏は目を据わらせるけれど、彼は気にした風もなく優しく彼女の頬を撫でる。
「あいつらにしても、然りだ。お前は俺を失って、正気でいられまい? 壊れたままあいつらと永遠に近い時間を過ごす、……ああ、それはそれでざまぁみろと思える楽しい光景だがな」
あいつらの死にたがる姿が目に浮かぶようだと恍惚として語られるそれは何にも楽しくなくて、頬に触れている彼の手を払い除けた。
彼は僅かに驚いたように目を瞠った後、くつくつと楽しそうに猫みたいな仕草で擦り寄ってきた。
「していないだろう、想像で怒るな。苛つくほど素直だな、お前は」
謝ってほしいのかと語尾を上げられ、知らないと拗ねたまま返すとますます楽しそうにして彼女の頬に顔を寄せてきた。
「してやらないさ、面白そうだがお前が俺の傍にないのは業腹だ。お前を手放してなどやらんさ」
拗ねていないで笑えと偉そうに命じられるそれに逆らって目を眇めると、くすくすと笑いながら眇めたほうの目を無理に瞑らせるようにして指先で撫でられた。
「黄昏。お前があいつらと共にある定めの者と知っていても、それでも狂わずにいられなかった。俺に膝をつかせて請わせたのはお前だけだ。お前が俺を選べずとも構わない、と言ってやっているのに、これ以上お前は俺に何を望む?」
口調だけ聞いていればどこまでも横柄な彼は、それでもその黄玉に彼女の薄紫を帯びた紅い瞳だけを映す。そうして初めて会った時から変わらず、焦がれたようにそっと息を吐いて彼女に触れてくる。
「言の葉に乗せろ、俺の愚かに愛しい恋人。例え生涯をかけてお前に弄ばれるだけでも、傍に在れれば構わない。お前の中に俺を存在させろ。それだけで俺はお前の望みを叶えてやる……。俺の気が向くまま、気が乗る限りは」
あくまでも傲然とした条件を付け加えるせいで、彼の言葉はただの睦言には終わらない。ひょっとして彼女は嫌われているのではないかと思うことも、間々あったけれど。
「兄様たちと仲良くして」
「それは断る」
「叶えてくれると言ったのに」
「気が乗らん」
だから却下だとあっさりと切り捨て、分かっていたけれどと溜め息をつく彼女の膝に頭を乗せてきた。撫でろと仕草だけで強要されるので彼の淡い金色の髪を梳くように撫で始めると、彼は満足そうに目を伏せた。
「お前が泣くから、大人しくしてやっているんだ。あいつらは殺さない。……俺は十分、お前の望みを叶えているだろう?」
いけしゃあしゃあという言葉は、きっと彼の為にあるのだ。そう固く信じてやまない。
けれど子供みたいに自慢そうに、押しつけがましくも彼女を思ってくれているのが分かるから憎めなくて、母親が幼い子供にそうするように額を撫でた。
「そうね。あなたは優しいわ、アラゴル」
「ああ。俺はお前に優しい。お前の願いなら叶えてやる」
「ありがとう。……愛してるわ、私の可愛い我儘な恋人」
もうお休みなさいとそうと囁くと、彼は眠そうに欠伸をして揺れるように頷いた。そのまますとんと眠ってしまうのを確かめて、まだしばらく髪を撫でながら彼女は小さく笑った。
「私はあなたの願いを叶えない。多分、ずっと。一生」
それでも愛してくれると小さすぎる声で尋ねたそれは、当たり前だと寝言さえ傲慢な彼の言葉でだけ救われる。
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