兎の裏側

「だるすぎる、本気で疲れた……！」

　ぐったりとソファに身を沈めながら唸るのは、兎の着ぐるみを半分だけ脱いだ男性。元々目つきが悪いのに尚更据わらせ、何で俺がこんな目にと誰にともなくぼやいている。
　それに応えるのはまだ兎の着ぐるみを着込んだまま後ろから部屋に入ってきた男性で、
「何でって、そりゃお前が店主に弱み握られるからだろー。俺は巻き添えだ巻き添え、俺のほうがやってらんねぇよ」
　いい迷惑だと肩を竦めたところに、クッションが投げつけられた。
「ふざけんな、俺のせいだけにしやがって！　そもそもお前がもっと上手くやってりゃ、こんな目に遭わなかったんだ！」
「俺のせいにすんなよなー！　ていうか何で俺が上手くやらなきゃなんないんだ、抜け駆けした奴に偉そうに言われる覚えはねぇよ！」
　投げられたクッションを投げ返し、また投げつけと不毛なキャッチボールを繰り返す着ぐるみたちに、暇なんだな君たちはと唐突な声が割り込んだ。
　咄嗟に二人が視線を向けた先では、呆れた顔で店主が立っている。
「げっ、いきなり入ってくんな！　着替えてる最中だったらどうすんだ！？」
「店主のくせにやらしー、俺らの着替えが見たかったのかよ？」
「店主のくせにという言葉のかかり方は分からんが、別段君らの着替えなぞ見ても楽しくない。ただ喧しく言い合いながら着替えているなら次なる脅迫のネタにはなるかとは思ったが」
　そんな面白い事をしているなら見ておかねばなるまいと笑顔で答える店主に、もうこいつには何を言っても無駄だとばかりに二人とも黙り込む。諦めたように大きな溜め息をついたのは目つきの悪い男性で、頭をかいて店主に再び顔を向けた。
「それより何の用だよ、本気で脅迫ネタを探しにきたわけでもねぇんだろ？」
「えーまだ何か扱き使われんのかよ、俺もー大分頑張ったと思うけどまだ何かやらされんのかよー」
　もうやだーと頭を抱えて蹲る着ぐるみに、店主はくすりと笑った。
「今日はさすがに、これ以上の用を頼む気はないさ。強いて言えば……、そうだな、ただ労いに」
「「は？」」
　思わず二人して唖然と聞き返すと、店主は楽しそうに笑って手を上げた。
「今日は助かった、次があればまた宜しく頼む。ああ、君らが取り上げた福兎はそのまま貰ってくれ、礼の代わりだ」
　私が作った物だから効果は絶大だぞと言い添えた店主は、それじゃあと軽く手を上げて出て行きかけたがふと思い出したように振り返り。
「趣味で着ているのなら止めないが、着ぐるみはそろそろ脱いだほうがいいんじゃないか？」
　いい年をして面白すぎるぞとからかうように目を細めた店主に、お前が無理やり着せたんだろがーっ！　の悲鳴が重なる。楽しそうに笑った店主はひらひらと手を振り、そのまま出て行った。
「あー、何だ、あの性質の悪い女は……！」
「絶対心から楽しんでるって、あれは何だ、鬼か悪魔か。しかもさらっと次も手伝えって言った、俺らって店主の奴隷認定かー！」
　うがーっと着ぐるみの頭を掻き毟る男性に、ソファから身体を起こさないままの男性がはっと鼻で笑った。
「ものすごい今更すぎて笑えねぇ」
「今更だよな今更すぎるよな！？　ってえ、何が今更？　奴隷認定が今更！？」
「今更だろ。何の因果か、出会った時点でとっ捕まってんだからよぉ」
「確かにこっちにきて色々助けてくれたのは店主だけど！　それを恩に着せるなんてひどいだろう、鬼だ悪魔だ！」
「ならお前、本人に直接言って来いよ」
「げっ。それってどんな死にフラグだよ、嫌だよ俺だけ何でそんな目に遭わなきゃなんねぇんだよ、お前が行けよ！」
「うっせぇな、俺はそこまで自殺志願者じゃねぇよ」
　言いながらうんと伸びをした男性は、ソファに寝転がったまま重い着ぐるみを脱いだ。一緒にぽとりと落ちた福兎を見つけ、無造作に手を伸ばして持ち上げる。
「一日重労働して、報酬がこれっぽっちかよ」
「あっ、お前一羽きりかよ！　俺は色違いで二羽だもんね、勝ったー」
　着ぐるみからごそごそと福兎を取り出して自慢げに見せびらかす相方に冷たい目を向けた男性は、深すぎる溜め息をついて福兎を握り込む。
「あーくそめんどくせぇなぁ！」
　何で関わっちまったんだろうなぁとぼやく声に棘はなく、強く握られた福兎は抗議したげにきゅうと鳴いた気がした。