遠の音
遠くに落ちる音を、聞いて紡ぐ
「どうしたもんかねぇ……」
面倒そうに頭をかきながら歩いているのは、以前兎や熊の着ぐるみを着ていた男性。今日は珍しく着ぐるみではないが、それを着せられている時より沈鬱な表情をしている。
隣にいるのは兎や栗鼠の着ぐるみを着ていた男性で、こちらも今日は着ていないがどんよりと沈んだ顔をしている。
「店主の落ち込みっぷり、凄まじいんだけどどうしよう、なぁどうしたらいい? これならいっそ次のイベント考えて嬉々とされてるほうがましだってー」
「お前まで落ち込むなよ、鬱陶しい」
無造作に隣の男性を蹴飛ばした元熊は、大きな溜め息をついて自分の膝に肘を突く。痛いひどいと大騒ぎした元栗鼠は、お前もそんな顔すんなよと蹴り返した。
痛ぇなとじろりと睨みつけた元熊は、怖い顔すんなと泣きそうに悲鳴を上げられながら肘を突きかえた。
「慰めるったって、何を言やぁいいんだか……」
「俺たちが何を言ったところで無駄な努力? だよな。それで元気になるなら、わすれもの屋が色々やってるもんなー」
「だからって黙って見てんのも限界だっ」
「そうだよ、そうだってそうだよなー。空気が重すぎる……っ」
息がし難いーと喉をかくようにして喘いだ元栗鼠に、元熊も深く頷いて同意している。しかし二人とも空気は変えたい、何とかしたいと思っているが、そこから先を思いつけずにループしているらしい。
どうすりゃいいんだと声を揃えて天井を仰ぎ、溜め息が重なる。
「──そろそろ帰んねぇと、心配されるよなぁ」
「子供か、俺らは」
「けど落ち込んでる時に心配までかけるって最悪だろ、最悪だよな」
泣きそうに顔を歪める元栗鼠に、元熊もまぁなと苦虫を噛み潰したような顔で頷く。
「結局、俺らにできるのはいつも通りにしてるくらいか」
「たまに空気が突き刺さるくらい痛いけどな……っ」
それを乗り越えるしかないかと弱々しく拳を作る元栗鼠に、違いないと元熊も苦笑する。
「店主が元気になるならさー、本当は嫌だけど心から嫌だけど、でも着ぐるみくらい着てもいいからさー」
早く元気になってくれりゃいいのにと、しゅんとした顔で元栗鼠が呟く。元熊は立ち上がって伸びをしながら、否定はしねぇけどなと大きく息を吐き出した。
「けどそれ、店主の前で言ったら最後、きっと死ぬまで着ぐるみだぞ」
「ぶはっ。……どうしよう、お前が結婚式でも着ぐるみの上から正装してる姿しか浮かばない」
魘されそうと笑いながら抗議した元栗鼠は、笑っている自分にちょっとだけ嫌そうな顔をしたが気を取り直すように頭を振った。
「店主も今の聞いたら、笑うかもな。笑うかな?」
「さあな。でも俺じゃなくお前の姿で報告してやるけどな!」
先に辿り着いたもん勝ちだと駆け出しながら宣言した元熊に、お前それは卑怯だろー! と叫びながら元栗鼠も続く。
落ち込んでいる店主から見れば、腹立たしいかもしれないいつもの姿。けれど怒るほど元気になってくれるなら、それはそれでいい。笑ってくれたら、なおいいけれど。
君が笑ってくれるなら。想う心が、僅かでも届けばいい。