遠の音
遠くに落ちる音を、聞いて紡ぐ
責めるように問われたそれに、彼は何を今更とでも言いたげに肩を竦めた。
「俺を誰だと思ってるんだ」
尊大な星の王はそうとだけ答え、彼女はそっと溜め息をついた。
「もっと早くに教えてくれればいいのに」
「どうしてお前が、馬鹿な兄貴どもの尻拭いをしないといけない?」
そんな暇に俺の側にいろと顔を顰める彼に、彼女の溜め息は尽きない。もういいわと踵を返すと、どこに行く気だと抱き締めるようにして引き止められた。
「お前はしばらく外出禁止だ」
「勝手なことを言わないで。兄様たちに話をしてこないと、」
「しなくていい」
ここにいろと横柄に止められ、僅かばかり声を尖らせようとしたのに大きな手が頬を撫でてくる仕草に遮られた。
「人の子の想いなど、お前が引き受ける必要はなかった……。どうしてお前は俺以外の誰かに傷つけられて喜んでるんだ」
「別に喜んではいないわ。あなたに傷つけられても喜ばないのと同じくらい」
でも痛い思いをさせてごめんなさいと謝るのは、彼は自分の身体に付けられた傷よりも彼女が負う痛みにこそ苦痛を覚えると知っているから。
確かに今の彼女は、見るに耐えない姿をしているだろう。
星が吸い込んだ人の子の想い、死にたいとさえ願えるほどの負の感情だけを懲り固めたそれは、空さえ強かに傷つける。
直接引き受けた片割れほどではないが、進んで半分近くを引き受けた今の彼女は片方の視界を薄暗い靄に遮られ、瞳は白く濁っている。顔の半分にどす黒い痣のようなものが浮き上がり、髪色さえ深紅と呼ぶには程遠いべたりと濁った色に変色している。
彼は真正面から痛ましげに見つめてくるが、長く顔を向き合わせていたいとは思えない。こんな風に醜くくすんだ姿など、輝きを失うことのない星に見せたいはずがない。
「離して、アラゴル」
「お前にそれを命じる権利はない。お前は自身を傷つけることで俺を害した。許される所業と思うなよ」
不愉快そうに眉を顰め、睨むような視線が突き刺さる。
見せたくなかった左目だけでなく右目も伏せてそうと吐息を溢すと、引き寄せて抱き締められた。
「馬鹿どもの始末に、どうしてお前が手を貸す必要があった……っ」
「兄様たちが私の為に作ってくださった星の暴走は、私の責でしょう」
いつだったか、人の子の想いを燈した星を受け取ったのは彼女だ。その時に、星が足りない事に気づけなかったのは彼女なのだから。
「お前に抱えられる星なんか俺しかないのに、あんな屑星を受け取るからだ! 夕景に抱ける星の少ないことくらい知っているだろう、お前に渡すあいつらが馬鹿なんだ!」
お前には何の責もないと噛みつくように叱りつけてくる、彼の声が尖るのは彼女の身を案じてのことだ。
それでも彼女は素直に頷けず、聞かん気の強い子供を宥めるようにその背を撫でた。
「空は色見を変えてもすべてが一つの空なのに。あなたはどうして兄様たちを受け入れてくれないの」
「あれらがお前と一つであるのが気に入らんからに決まっているっ」
お前は俺のものだけであればいいとぎゅうと抱き締めてくる彼に、胸が痛くなる。
「星を置いて空はどこにも行けないでしょう。……兄様たちと話してくるから、離して」
「駄目だ。人の子の想いが散るまで側にいろ」
そうしなければ人の子を害すと、半ば以上本気の脅しを容易く口にされて溜め息をつく。
「私を助けてくれないのに、我儘だけは通すのね」
「お前が俺を害すからだ」
「順番が違うわ」
「違わない。空があるから星があるんじゃない、星がある空なんだ」
自覚が足りないのはお前の責任だと顔を顰めまでして言われ、溜め息だけが積もる。
「あなたの我儘は知っていたけれど」
今度は特にひどいわと目を伏せると、彼女を抱いたまま尊大に告げられる。
「お前が俺を害すからだ」
それが最大の罪であるかのようにのたもうた星は、まるで汚れた夕景を隠すように抱き締め続けた。
夕焼けに吹く風に諦念の色が濃いのは、きっと尊大な星のせいだろう。