遠の音
遠くに落ちる音を、聞いて紡ぐ
黒尽くめの男はそう言うと、小さく肩を竦めた。
「だってそうだろう? 僕は何も悪くない。なら、この場には君と僕の二人しかいないんだから、僕じゃない君が悪いんだよ」
さも当然と言わんばかりの態度で、ふてぶてしく男は言い切った。
呆れて物が言えないとは、正にこのことだろう。どう見ても、悪いのはその男に決まっていた。彼の言葉を借りるならばこちらに一切の非がないのだから、その場にいるもう一人、黒尽くめの男こそが元凶と言われるべきだ。
勿論、彼だって実際のところは自分が悪いと分かっているのだろう。ただ、それを認めてしまえるほど、素直で可愛らしい性格をしていないのだ。
「相変わらず、馬鹿な男だな」
つまるところ感想なんてそんなものしかなく、彼と違って素直にそう口にしたのだが。
男はまだ子供っぽい性質が直っていないらしく、ますます不機嫌そうにした。
「そういう君こそ、一体どれほどのものだというのです?」
不愉快そうに、仕返しとばかりに尋ね返されたそれがあまりに馬鹿馬鹿しくて肩を竦めた。
「私がどうかなど、私に尋ねてどうする。所詮、私の評価など私以外の人間が下すもの。それを私に尋ねる自体が間違っている」
やはり馬鹿なのだと納得してそう告げると、男は苛立つたしげに顔を顰めた。
「君だって、どこまでも君ですよ。変わらない……まったく。腹立たしいほどにね」
皮肉に満ちた台詞は、けれど言葉の割にどこか嬉しそうにも聞こえた。彼にとって上司に当たる自分が変わらないことは、男にとっては何より重要な重大事なのかもしれない。
「本当に、相も変わらず馬鹿なんだな」
肩を竦めて繰り返したそれは意図した以上に刺がなく、男は煩いですよと答えながらもやはり僅かながら嬉しそうに口許を緩めた。
初夏と呼ぶにはまだ少し早い、微かに冷たい風が髪を撫でるようにして吹いた。