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遠の音

遠くに落ちる音を、聞いて紡ぐ

2024.05.17
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2008.12.03
 兄たちが騒がしいのは、いつもと言えばいつもの話だ。彼女が役目を果たして戻ってきた時に誰が先陣を切るかと必死の様子で走って出迎えがない時は、悪巧みをしているかサプライズを目論んでいるかのどちらかだ。

(たまに心臓に悪いけれど、それでも悪巧みよりは後者のほうがましかしら)
 困った兄様たちと心中で呟いて口許を緩めた彼女は、兄たちが揃っているほうに向かう。
 一番最初に彼女に気づくのは、片割れでもある双子の兄の長庚だ。お疲れと軽く手を上げる長庚に微笑んで応え、その場所のあまりの派手派手しさに続く言葉を失う。
「黄昏! どうだ、驚いたか!?」
「……ええ……、はい。……それは……、色んな意味で」
 兄たちの突発的な行動の全てを理解できたことは、残念ながら今まで一度もない。今回もまた理解できそうになくて複雑にそう答えると、気に入らないか!? と泣き出しそうに迫ってくるのは長兄の真昼。
「気に入らないと言いますか……、……気に入らないと言いますか……」
 彼女が気に入るようにと、試みてくれているのは分かっている。彼らの行動を理解できずとも、行動原理は自分しかないと知っている。彼女が寂しくないように、兄たちが趣向を凝らそうとしてくれているのは分かっている。
 が、原理は分かっても行動は理解できないのだ、何度も言うが。
「何故、樅木に肉片が吊り下がっているのでしょう……?」
 しかも今捌いてきたと言わんばかりの、血も滴るぴっちぴちの生肉だ。かと思えば星だの雪ダルマだのといった可愛らしいオーナメントも見えて、血肉とメルヘンが織り成すシュールな樅木が中央にどかんと立ち塞がっている。そしてその足許にはプレゼント然とした包みの他に、最近知った「出刃包丁」なる物が剥き出しで転がっている。
 何も見なかった事にしてこの場を立ち去りたい気はものすごくするが、
「黄昏に気に入ってほしくて頑張ったのに……、頑張ったのに……!」
 長兄が膝をついて泣き崩れ、ふるふると打ち震えている姿が胸に痛くて、せっせと何かを作っている他の兄たちに目を向けた。
「あの、これは一体何事なのです、か?」
 極力その惨状には目をやらないようにして尋ねると、暁闇が赤と緑の布を縫い合わせながら首を捻った。
「さて。何でもクリスマスとかいう行事らしいが」
「またそこの馬鹿兄貴が仕入れてきた知識だけどさ。神様の誕生日? を人間どもが祝う日だとか何とか」
 だよなと長庚が尋ねる先は何故か真昼ではなく、さっきから黙々と作業を続けている深更。長兄よりも長兄らしい次兄はその漆黒の瞳で長庚ではなく彼女を見据えてくると、一つ頷いてそのまま作業に戻る。どうやら長庚の言葉は、概ね間違っていないらしい。
「それにしても、神様のお祝いでどうして生肉を樅木に吊るすのです……?」
 どこの神様ですかと苦笑がちに疑問を続けると、それはだなと立ち直ったらしい真昼が嬉々として手を取ってきた。
「クリスマスには何やらトナカイが荷物を配って歩く習慣があるらしいんだが、そのトナカイの中で一頭だけ青い鼻の奴がいたそうだ。異端とはいつの時代、どこの世界でも疎まれるものだ。幼い頃から仲間外れにされたそいつは、ある日、赤い服のおっさんにそっと出刃包丁を渡された。そして勝利とは最後に立っていた者だけに許される言葉だと唆されて、仲間を惨殺したらしい。確かにそいつは最後まで生き残ったが、クリスマスの日になってはっと気づいたんだ。世界中に荷物を配るのは、一頭では無理だったと……!」
 何とも物悲しい話じゃないかと拳を震わせてどうやら感動しているらしい真昼から少し離れて、神様の誕生日はどこにと心中で控えめに突っ込む。馬鹿兄貴の馬鹿はいつもだから放っておけと勧めてきたのは長庚で、何が馬鹿だと噛みつく長兄に、だったら聞くけどなと目を眇めた。
「トナカイがあの蹄で、どうやって出刃包丁を持てるんだよ! そもそもあの立派な角は何の為にあるんだっての、男なら自分の武器で戦え!」
「出刃包丁を持つくらい、気合と根性でどうにかしたに決まっている! 長年虐げられてきたトナカイが立ち上がったんだぞ、その勇気こそが己の持つ唯一にして最大の武器だろうが!」
「その勇気があるなら、仲間を惨殺する方向に進むんじゃねぇよ!」
「だからそれは、赤い服のおっさんに騙されて、」
「騙されたなんて言葉で誤魔化されんな、やるって決めたのはそいつの意志だ! そのトナカイは結局、」
 喧々諤々と何やら明後日な方向で言い争いを始めた兄たちをどう対処すべきかと彼女が頭を抱えそうになった頃、あんな同レベルのお子様どもは捨て置けと深く頷きながら暁闇が手招くので、恐る恐る近寄っていく。
「今の話の流れで、どうして樅木に生肉が飾られる事になったのですか?」
 どうしても気になるところを尋ねると、さあと暁闇はどうでもよさそうに肩を竦めた。
「真昼に曰く、そのトナカイが仲間を悼んで自らの肉をこそぎ、木のてっぺんに捧げて仲間を返してくれと祈ったらしい。それに免じて神様が仲間を返してやったことに因んで、仲間を大事にしろとの教訓に飾るようになった、らしいけどな。あの真昼の言うことだ、どこまで信憑性があることか」
 一から百まで疑わしいと切り捨てる暁闇に、今回ばかりは彼女も同意したくなる。けれどそうするとまた話がややこしくなるのも分かっているので、話を逸らそうと兄の手許を覗き込んだ。
「暁闇兄様は、何をしておいでなのです?」
「これか? クリスマスの日に家々を訪れてくるという、鬼の衣装を作っている。真昼が着たいらしくてな」
 黄昏も心置きなく退治してやれとうっそりと笑って勧めてくる兄に、神様の誕生日ともう何度となく心の中で繰り返す。
「クリスマスとは、つまりどういう行事なのです?」
「ん? だから、神様の誕生日祝いだろ?」
 長庚がさっき言ったよなと確認され、とりあえず兄たちもそこから忘れているわけではないのだとほっとする。──いや、いっそここは悲しむべきだろうか。
「誕生日のお祝いに、訪れてきた鬼を退治されるのですか?」
「変わった風習だよな。でもこの出刃包丁は、そもそもその鬼が持ってる物らしいぞ。この衣装を頭から被って片手に包丁を持ち、神様の祝いもしない悪い子を浚って行くらしい」
「神様のお祝いをしないのは悪い子なのですか?」
 そんな横暴なと眉根を寄せると、暁闇は衣装を作る手を止めて頭を撫でてくれた。
「だから、家々には赤い服の爺様がでかい袋に一杯の豆を詰め込んで待機しているらしい。悪い子を浚う鬼を、それで追い払うわけだな」
 豆も腐るほど用意したから力一杯真昼にぶつけてやれと笑顔になる暁闇に、言いたいあれこれは多いのだが。よほど納得がいかない顔をしているのだろう、心配しなくていいと暁闇が大きく頷いた。
「俺たちの世界では、俺たちの祝いを忘れた如きでその人間を悪いなんて定めはしない。お前の誕生日を祝わん馬鹿は鬼に浚わせるなんて生温い手段ではなく、俺が直々に裁きを下してやろう」
 少しも安心できない事を極上の笑顔で言ってのけた暁闇に、本当にやっておられませんよね!? と詰め寄ると、馬鹿だなぁと笑いながら撫でられるだけで言明はされない。
「やるって。つーか暁闇なら、既にやってるって」
「大体お前は好戦的すぎるんだ。兄ちゃんを見ろ、ここまで愚弟どもに虐げられても黙って耐え忍んでいるというのに!」
 さっきまで言い争っていた二人までが空恐ろしい保証をするので思わず泣きそうになると、やってないからな!? と慌てて否定されるそれを、どこまで信じてよいものか。
「あーあ、暁闇が泣かせたー」
「可哀想に、黄昏! さあ、兄ちゃんの胸で思いっきり泣くがいい!」
「煩い、馬鹿真昼如きが。お前たちがいらない口を挟むから、」
 今度は暁闇まで巻き込んで言い争いが始まると、黄昏とぼそりと呼ばれて振り返った。深更がおいでと指先だけ招くのに応じると、さっきからせっせと作っていたそれを掌に乗せられた。
 深更は夜を司る、星を作るのは元より彼の勤めの内だ。ほんのりと淡く光る小さな星を次々と紡ぎ出しては彼女の手に移してくる、それが寡黙な兄の慰めだとは容易に知れる。
 知らず口許を緩めると、ほっとしたように目を細めた深更はようやく星を作る手を緩めた。それから彼女が持て余しそうな量の星を指差すと、そのまま傍の樅木に絡めるように指を動かす。星は創造主の意志通りに樅木を覆うほどに飾られて、ほんのりと優しく灯った。
「深更。やりたい事も、意図するところも分かるんだがな。真昼が飾った生肉のせいで、子供が見たらいっそトラウマになりそうな凄まじい絵になってるぞ……?」
「星で血は隠せない。そして温められたせいで、余計に生臭い」
 兄貴ももう少し考えようよと鼻を摘みながら突っ込んだ長庚に、珍しく真昼も深く同意している。深更はその兄弟たちをちらりと見てから彼女を見てきて、申し訳なさそうに目を伏せた。
「あ、あのっ、とても綺麗なお心遣い、黄昏は嬉しゅうございましたっ」
 本当にございますよと繰り返すと、後ろからけらけらと笑う声が届く。
「まったく、相変わらずどうしようもないな、この馬鹿空兄弟たちが。俺の黄昏に馬鹿が移ったら、どうしてくれる」
 言いながらずかずかと入り込んできたのは、真昼に曰く永遠の宿敵アラゴル。またタイミングの悪い時にと慌てて立ち上がって止めようとすると、そのまま手を取られて抱き寄せられた。
「ああ、生臭い匂いが移る前で安心したぞ。いくらお前でも、生肉の匂いを纏っていては魅力が半減だからな」
「アラゴル、どうしてここに、」
「ご挨拶だな。地上では人間どもがクリスマスとやらで浮かれているから、お前を見学に連れて行ってやろうと思って誘いに来てやったんだ」
 嬉しいだろうと不敵に笑いかけてくるアラゴルに、汚い手で妹に触るなと兄たちが全員色めき立っている。けれどアラゴルはそれを楽しそうに面白そうに眺めた後、ふんと鼻で笑って彼女の額に唇を寄せた。
「クリスマスというのは、恋人たちの祭典だろう? 野暮な家族など、トナカイにでも蹴られて死んでしまえ」
「っ、アラゴル!」
 私の兄様たちよと声をきつくして諌めると、僅かに悲しそうな色を浮かべたアラゴルはふいと視線を逸らすとそのまま彼女を抱き上げた。
「まぁ、黄昏に免じて殺すのはやめておいてやる。お前たちは、精々トナカイの怨霊と鬼でも量産して楽しんでるがいい」
 黄昏は俺が貰って行くと宣言したアラゴルは、兄たちが空間を閉じる前に上手にそこから逃げ出した。
「……いつもながら、逃げ足だけは速いわね」
「誰が逃げた、誰が。俺はただ、お前を浚って地上に連れ去るだけだ。お前が務めを終えるのを待っていてやったんだぞ、俺様の気遣いに泣くほど喜べ」
 嬉しいだろうと繰り返すアラゴルは、先ほど彼女が語気を強めたせいでどこか威勢が弱い。このいつでもどこでも強気な夜天の王が彼女に嫌われることだけを恐れてくれているのも知っているから、彼女としても強く抗えないのだ。
 抱き抱えられたままそっと彼の頬を撫でて、苦笑じみていても柔らかく唇の端を持ち上げる。
「そうね。ちゃんと待っててくれたのが嬉しいわ……、ありがとう」
「そうだろう。あんな兄貴たちの気遣いより、俺のほうがよほどお前を喜ばせてやるだろう?」
 だから俺の傍にいろと肩に顔を埋めるようにして囁かれ、彼にしては珍しく兄たちの心遣いが一通り披露されるまで大人しく待っていてくれたのだとも分かる。
(ごめんなさい、兄様たち)
 きっと今頃は、待っている間に念入りに仕掛けたアラゴルの罠に足止めをされ、怒り狂っている姿なら用意に想像がつくけれど。今だけはこの強気な子供めいた恋人の側を離れる気になれなくて、心中でそっと詫びておいた。

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